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宝永町248番地 第68話 [Wessay]

白い飴と紅いお姫さま

ぼくは肉が嫌いだ。
ウシもブタもトリも全部だめだ。
ひき肉ならなんとか食べられるけど、ソーセージは魚の身のじゃないと食べられない。
給食でいつも出てくるクジラは残せないのでしょうがなく食べる。

コロッケは大好きだ。特に隣町の商店街のお肉屋さんのは飛び切りおいしい。
ばあちゃんもお母ちゃんもコロッケだけは隣町まで行って買ってくる。
今日のお昼のおかずがそれだった。

とにかく匂いが断然違う。香ばしくてちょっとだけ甘い。
それは肉でも野菜でもない、うっとりとするごちそうという名前の食べ物だ。
ひき肉はほんの少ししか入ってないけど、大人たちもみんな大好きみたいだった。

そんなぜいたくな日曜日のお昼を食べ終わるやいなや、すぐ着替えろと言われた。
みんなでどこかに行くらしい。
着替えはなぜか箱に入っていた。よそ行きの服だ。妹の箱もあった。

ぼくは背広みたいなものを着せられた。黒い靴もはいた。
妹は白と桃色のもこもこしたワンピースを着せられて、頭にリボンを付けられた。

「どこに行くの?」
「七五三」
「しちごちゃん?」
「し、ち、ご、さん」
「何それ?」
「五歳で行かなかったからね」

着いたところは「てんじんさん」という神社だった。
鳥居の前には露店もでていて、まるでお祭りみたいだ。
どこからか砂糖が焦げたような、揚げたてのコロッケに似たようないい匂いが漂ってくる。

大きな朱色の鳥居をくぐって参道をお父ちゃんとお母ちゃんと妹と歩いた。
同じようによそ行きの服や着物姿の大人や子どもが大勢いた。
みんなが玉砂利を踏むジャラジャラという音が境内に響き渡る。
ぼくもわざと靴をひこずって、盛大に音を立てて歩いた。

「こら、靴がよごれる、もっと静かに歩きなさい」

しょうがないから、手水舎で洗った手を半ズボンの裾で拭いてからは、
横断歩道の縦の線のように並べられている細長い石の上を境内の奥に向かって辿った。
こうすれば音はでないし、歩くのもちょっと楽しい。

もう甘い匂いがしなくなった参道をしばらく進むと、
本殿の前の広場にあがる数段の石段の上にこちらを向いて手を振る家族がいた。
お父ちゃんも手を振ってこたえ、お母ちゃんはお辞儀をした。

遠くからでもはっきりと目立つ、さざんかのような紅と白の着物の子は見覚えがあった。
ぼくの”イイナズケ”らしい、ちさちゃんに違いない。
ぼくは石の上を歩くのをやめた。
近づいて大人たちが挨拶している間、ぼくはズボンが濡れていないかどうか確かめていた。

ズボンはもう乾いていたけど、
おとなしくじっと立っている彼女にぼくは声をかけることができなかった。
ちさちゃんがぼくのことを覚えているのかどうか窺い知ることができなかった。

お参りが終わって、木でできた階段状の坂を下りながら、ぼくは振り仰いでみた。
そこには神殿の柱の朱色と重なり合って、花のようにみえる紅い袖の女の子がいた。
そのほころんだ顔がちょっと大人びてみえたけど、なぜかほっとした。

「ねぇねぇ、何か買って」
「今アメを買ってあげるから、ちょっと待ってなさい」

綿菓子かキャンディーを想像して待っていたぼくたちに渡されたのは、
奇妙に長細くて白い紙袋だった。
そう言えば、参道ですれ違う子どもが手に手にこれと同じものを提げていたかもしれない。

「何?これ」
「ちとせあめ」
「食べていい?」
「お家にかえってからね」
「えー」

参道を引き返す皆の一番後ろをぼくはわざとゆっくり従った。
アメを食べるためだ。
びっくりしたことに袋の中には長細いアメが一本しか入っていなかった。

それをひっぱり出してぼくは先っちょをペロペロと舐めながら歩いていると、
ちさちゃんが振り向いてくすりと笑った。
ぼくはあんまりおいしくないよという顔をしたつもりだったけど、
たぶんうまくは伝わらなかったと思う。

鳥居のところまで来たころには、アメの端は剣先のように細く尖った。
大人たちは何やら立ち止まって相談をはじめたので、
ぼくは退屈して千歳飴を刀のように振り回していたら、不意にポキリと折れて地面に落ちた。
格好つけようとしたバチが当たったのかもしれないと思った。

「あーあ」
「あーあーもう」

お母ちゃんが落ちた白い刀を拾って袋に入れてくれた。

「これもう食べたらだめよ」
「えー」
「わたしの半分あげようか?」

突然、イイナズケのお姫さまがやさしいことを言ってくれたので面食らってしまった。

「いらんいらん、あんまりおいしくないから」
「はははは、そう」
「はははは、うん」

「じゃあ、お父ちゃんはこれからおじさんと用事があるから」
「わしは一遍家に帰ってから行くから、先に行っててくれ」
「わかった」

どうやら、お父ちゃんたちはこれからどこかに行くらしい。
ちさちゃん家はすぐ近所のようだ。
ぼくは道路の向こう側へ渡るちさちゃんに手を振った。
夕焼けの赤い光に照らされて、振り向いたお姫さまの頬っぺたも袖の色と同じだった。

「バイバーイ」
「バイバーイ」

そしてぼくたちが再会するのは、このあと五年余りの月日が流れてからのことになる。


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コメント 2

くっきもんちゃん

良いですねー。
情景が目に浮かぶようです。
赤く照らされた、ちさちゃん、かわいかったんでしょうね。

くじらの肉って、しょっちゅう給食に出てましたよね。
私も嫌いでした。今では、高価なのものなってしまい、
逆に食べたくても食べられなくなってしまいました。
あの頃、もっと食べておけば良かったとか思いますね(笑)
by くっきもんちゃん (2009-11-14 22:04) 

Nyandam

肉屋さんのコロッケはおいしかったですね。
七五三の写真はあるんですが、記憶って全然ないです。^^;
子供の頃にイイナズケがいるという状況もなんだかちょっと羨ましい(笑)
by Nyandam (2009-11-16 15:24) 

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