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宝永町248番地 第56話 [Wessay]

エビ漁

オザキのおじちゃんがたまたま家にやってきて、明日、エビ漁に行くという。
おじちゃんは漁師ではない。シロアリ屋さんだ。
アリを売っているわけじゃなくて、退治するのが仕事だそうだ。
ぼくの家は酒屋だが、親戚には色んな商売をしているひとがいる。

「いっしょに行くか?」
「行く!行きたい!」
「よし、それじゃあ明日の朝迎えに来るから。」

白髪交じりのおじちゃんはシロアリ退治の車に乗って帰っていった。

翌朝、ぼくはいつもより早く起きて、じいちゃんに頼んだ。

「ねぇ、セミ捕りの網を付け替えて。」
「ええぞ。竿持って来い。」

竿の先に付けていた、本当は魚獲り用の金属の小さな網を外してもらった。
それを別の竹竿の先に針金で括り付けてくれた。
仕上げにじいちゃんは、網の形をまん丸に整えて、少しお辞儀するように角度をつけた。

「よっしゃ。これでええやろ。」

鶏にもエサをあげて、朝ごはんもさっさと終わらせて、ぼくは待った。
シロアリ退治の車がくるのを開店準備をしている店の前で待った。

間もなく、プップーとクラクションを鳴らして白い軽トラックが神社の前に停まった。

「おう、おはよう。すぐ行けるか。」
「うん、大丈夫。」

ぼくは車窓から出た日焼けした黒い腕に頭を撫でてもらって、荷台に竿を放り込んだ。
助手席に飛び乗って、どこに行くのか聞くと、十市の浜というところらしい。

「浜?海に行くの?」
「いや、海の近くだけど川だよ。田んぼの中を流れている小さな川だな。」

足元には何かの瓶が転がっているし、荷台にもホースや缶が載せられていて、
ちょっとくさかったが、その臭いにも慣れてきたころ、おじちゃんが言った。

「ちょっとこの辺で寄り道していくぞ。」
「何するの?」
「エサをとる。」
「ふうん。」

そこはもう里山の中の砂利道で、片側は畑、反対側は山の斜面だった。
畑側は燦々とお日様が降り注ぎ、野菜の緑が夏の光を吸い取っている。
山側は斜面から生え伸びた木々が軒下をつくり、しっとりとした薄暗がりになっている。

おじちゃんは地面が湿ったところを見極めて、土を手で掘り始めた。
掘った土をじゃんじゃん道路側に撒き散らす。
するとほじくりかえした土塊の中からヘビみたいのがでてきた。
砂利道の上でくねくねとのたうちまわっている。

「うわぁ!ヘビだ!」
「ちがうちがう、大丈夫。これはミミズじゃ。貫太郎ミミズじゃ。」

それはぼくの親指よりも太くて、まだ使っていない鉛筆よりも長い大ミミズだった。
ぼくはおそろしくて手伝うことができなかった。
ミミズは全然こわくないけど、こいつはどうしてもミミズとは思えなかったからだ。

ぼくがぎゃあぎゃあ騒いでいるうちに数匹の貫太郎をおじちゃんは木箱に入れていた。
もう出発するという。そんなにたくさんは要らないらしい。
でも、エサが逃げないように、しっかり木箱を持つのはぼくの任務だった。

到着した十市の浜は海岸ではなくて田んぼの真ん中だった。海も見えない。
微かにしょっぱい風が吹いてくる方のずっと先にはくっきりと白い雲がにょきにょきと生えていた。
車から降りたオザキのおじちゃんはさっそく漁の準備をはじめた。

まずは針金を出して、それをミミズの頭からしっぽに通した。
どっちが頭かはわからないけど、針金を丸く曲げることによって頭としっぽがくっついた。
余った部分をねじると、金魚すくいの道具のようになった。

それを竹竿の先に紐で結わえた。
ぼくのためにおじちゃんはもうひとつこしらえてくれた。

「よし。これでええやろ。網は自分のがあるか。」
「うん、これでいい?」
「上等。それじゃ準備はおわりだ。川に行こう。」

川といっても少し広い用水路のようだった。ただ、岸から水面までの距離が長い。
深さは用水路よりも浅いくらいだ。澄み切っているのでよくわかる。
ぼくはおじちゃんのすることをよおく観察することにした。

まずはミミズの輪っかの付いた竿を静かに川に入れる。
川底と輪が水平になるようにして、そのままじっと待つ。
すると、岸辺側の水草の中から何かがそろそろと出てきた。

淡く黒茶けたふたつの爪を身体の前に長くさしだしている。
エビだ。
ミミズの匂いに酔ってるみたいに、ちょっとだけゆらゆらしながらも足を運んでる。

おじちゃんはまだじっとしている。まったく動かない。
エビはごちそうにたどり着いて、おいしそうにつまみはじめた。
ハサミを交互に使い、夢中になって次々に口に運んでいる。

そこでおじちゃんは次の動作に入った。
右手に持った網の付いた竿を、そおっと水の中に入れた。
エビの背後からゆっくり網を近づけていく。左手のミミズの竿はびくとも動かさない。

網がエビのしっぽのすぐ後ろに到達した瞬間、ミミズでエビの顔をちょんと突いた。
食事中のエビは驚いて後ろに跳ねた。だけどその先は網の中だ。
なるほど、そういうことか。ザリガニみたいにバカじゃないんだな。
ぼくは心の中でつぶやいた。

「ほら、見てみ。これが手長エビじゃ。ハサミが長いだろ。」
「おじちゃん、ぼくにもやらせて。」
「おう。やってみい。」

最初のうち、何回かは見事に逃げられた。
網を近づけるうちに気が付かれたり、網にうまく飛び込んでくれなかったりした。
だけど、次第にコツがわかってきて、ぼくにも獲れるようになった。
自分でつかまえた手長エビは格別に大きく見えた。

何匹か獲っているうちにエサのミミズもボロボロになってきた。

「よし、エサを変えようか。貸してみい。」

おじちゃんはぼくの手からミミズの竿をとると、手際よく別のに付け替えてくれた。
これは自分でやるとはやっぱり言えなかった。


三匹目のミミズがズタズタになったころ、おじちゃんが言った。

「もうええやろ。だいぶ獲れたから、そろそろ帰ろうか。」

ぼくはもっともっと、一日中でもエビ漁をしたかった。
獲っても獲っても飽きることはなかった。
腕もどんどんあがってきたし、全然疲れてもいない。

でもエサはもうない。おじちゃんは大体の予想を立てて必要な分だけのミミズを捕り、
十分なだけエビを獲ったらおしまいにするつもりだったのだ。
ビクの中にはたくさんの手長エビが入っている。

「どうだ。おもしろかったか?」
「うん、でももっと獲りたかった。また来たい。」
「よし、また来ような。」

道具を片付けてトラックに載せ、ぼくたちは出発した。
ぼくの膝の上にはミミズの箱の代わりに大漁の獲物の入ったビクがある。
ガサゴソと動いている手長エビをこれからどうするのかは知らなかった。

砂利道をゴトゴト、ガタガタとぼくたちのエビ獲り号は進んでいった。
湾に架かる長い橋を渡るころ、窓からひゅっと吹き込んできた風にぼくは起こされた。
そして、白い手拭いを頭に巻いたオザキのおじちゃんはトラックを運転しながらこう言った。

「今晩の酒はうまいぞぉ。」

tenagaebi.jpg Photo by YS21
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コメント 3

sasasa

子供のころに、父についていって初めて釣りをした時の事を
思い出しながら読んでいました(^_^)
by sasasa (2009-08-15 11:00) 

くっきもんちゃん

そんな巨大なミミズは見たことないですが、
やはり父が釣り好きで、冷蔵庫にミミズを保管していたのが
どうしても嫌でした〜。
by くっきもんちゃん (2009-08-16 09:53) 

Nyandam

貫太郎ミミズに手長エビ、どちらも初めて聞きました。
川でエビを釣って、それが晩酌のおかずになったんですね。
今日の食べ物を自分で捕りに行く、ということが数十年前まではふつうにあったのですねー。
私も小学校のころ父親と釣りに行き、餌のゴカイをちぎって半分にするのが怖くてたまらなかった記憶が。。
by Nyandam (2009-08-20 08:01) 

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