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宝永町248番地 第57話 [Wessay]

台風

ぼくの住んでいる町には毎年のように台風がくる。
今朝もテレビの天気予報で台風が発生したと言ってた。

台風発生と聞くと、ぼくはいつもゴジラを連想してしまう。
海の中を泳いで日本に近づいてくる怪獣と、渦を巻いてやってくる台風は怖さが似ている。
こっちに来たらどうしようという不安と、もし来たらどうなるんだろうという好奇心が
胸の中で入り混じる感じもそっくりだ。

台風は出現したばかりのようだが、すでにその予兆は子どものぼくでもわかった。
空気が重い。どんよりとした空は、漬物石で上から押されているような気がする。
時折、小雨もぱらぱらと降ってくる。降ったり止んだりする変な天気だ。

そんなある日、お父ちゃんのお友だちだというおじさんが訪ねてきた。
このおじさんも酒屋をやっているのだそうだ。
でも仕事のお話をしにきたわけではないようだ。
なぜなら、おじさんは自分の子どもを連れてきていたからだ。

ぼくと同い年の女の子で、名前はちさちゃんというらしい。でも小学校は違う。
ぼくのともだちの中にはこの子に似た子はいないと瞬間的に判断した。
少しよそ行きの服を着ていたからかもしれないが、ちょっとすましたような、かしこそうな感じがした。

でもお父ちゃんは初対面ではないらしい。
子どもと対面するといつもそうするように、大きな手でちさちゃんの頭をぐりぐりやっている。
そんなことに動じもせず、うまく挨拶できずにもじもじしているぼくを彼女はじっと見ていた。

歓迎の挨拶がおわるとお父ちゃんとおじさんはさっそくとばかり酒盛りをはじめた。
まだ昼間だけど、今日は日曜日でお店はお休みなのだ。
大きなコップで、まるで競い合うようにビールをごんごんと飲んでいる。
でもおいしそうだった。とても楽しそうに注ぎあっている。

ぼくとちさちゃんはほったらかしにされた。
ばあちゃんがジュースを出してきてくれたけど、すぐにどっかへ行ってしまった。
お母ちゃんは妹をつれてお買い物に出かけている。
じいちゃんはいつものように裏の家の縁側で将棋を指しているだろう。

ぼくは途方にくれた。
あまり突然にこんな情況になったけど、それが理由ではなかった。
理由は自分でもわからないが、とにかく途方にくれているしかなかった。

「何かしてあそぼ。」
「じゃあ、二階へ行こう。」

ぼくは母屋の台所から中庭に降りて、ちさちゃんをぼくの部屋がある倉庫の二階へ導いた。
風呂場の脇から鉄でできた階段をコンコンと上っていくと小さな玄関がある。
そこで靴をぬいで部屋へ案内した。

いつものお友だちと女の子をいれて家の中で遊ぶときは、お店屋さんごっこをしたり、
ブロック遊びをしたり、調子に乗るとチャンバラごっこまでするのだが、
はじめて遊ぶ子とは何をしたらいいのかわからなかった。

だからぼくは自分で決めないことにして、持っているおもちゃを片っ端から見せた。
絵本、ブロック、積み木、銀玉鉄砲、次から次へとおもちゃ箱の中から取り出した。
ちさちゃんは、ふうんという面持ちで眺めているだけだった。

どうもピンとくるものがない様子だ。
だったら外へ出て遊ぶのが一番いいのに、今日はそういうわけにはいかない。
ぼくは台風を初めて呪った。

しょうがないので、何かに興味を示してもらうために、いちいちおもちゃの説明をした。
だけどほとんどが男の子用のだから、いくらこちらが熱心に語っても伝わらないらしい。
いつもはお友だちにもなるべく触らせないサンダーバードでさえ効果はなかった。
国際救助隊なのに。

「ちさちゃん、ベランダに行こう。」
「ベランダ?」
「こっちこっち。」

ベランダは狭かったけど、雨粒が飛んできても気になるほどではないくらいの造りになっている。
そこから見えるものについてぼくはちさちゃんに話した。
ぼくの通う小学校は見えないけれど、遠く東に見える山やぼくたちの秘密基地のことを教えた。
ちさちゃんも自分ちのある方角を指差してくれた。

そうこうしているうちにお父ちゃんがぼくたちを呼びにきた。
どうやら外に飲みに出かけるようだ。

「ちさぁ、いっぺん家に帰るぞぉ。」

おじさんも後ろから呼んでいる。

間もなくハイヤーがやってきて、お父ちゃんはおじさんとちさちゃんと一緒に行ってしまった。
独り取り残されたぼくは、なんとなくほっとしたような、ちょっとしくじったような、
ゴジラと台風のような心持ちになっていた。
誰かともだちのところに遊びに行こうかとも思ったが、気乗りがしなかったのでやめた。

その晩、昼間から飲んでいたせいか、まだぼくが起きている時間にお父ちゃんは帰ってきた。
なんだかご機嫌のようだ。
そしてぼくの頭をぐりぐりやりながらこう言った。

「お前とちさちゃんはいいなずけになったからな。よかったな。」
「イイナズケ?」

(つづく)

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コメント 2

ヨシユキ

たくさんのnice,
ありがとうございました^^
by ヨシユキ (2009-08-22 13:36) 

くっきもんちゃん

ビールをごんごんという表現、気に入りました。
何か良いですね。使わせてもらおっと。
by くっきもんちゃん (2009-08-23 00:28) 

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