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宝永町248番地 第65話 [Wessay]

おたふく風邪

ぼくは眉毛のところにキズがある。
もっとぼくが小さい頃、幼稚園に行きはじめる前だったと思うけど、
お父ちゃんがぼくを抱いたまま階段を下りようとしていた時、
酔っ払っていたのか、足を踏み外して転げ落ちたのだ。

その階段は鉄でできているので、むしろ、よくかすり傷ですんだものだと思う。
お父ちゃんがどんな怪我をしたのかは知らないけど。

ところで、ぼくは鼻が悪い。風邪をひいてなくても鼻水がいっぱいでる。
月に一度、病院の「じびいんこう科」というところに行って、薬を吸引している。
ばあちゃんが言うには「ちくのう」なのだそうだ。
どんな病気かはよくわからないけど、ぼくがちくのうなら、お友だちもみんなちくのうに見える。

妹はちくのうには見えなかったけど、熱を出した。
相当熱が高かったので、お母ちゃんが商店街の中にある大木医院へ連れて行った。
帰ってきた二人を店先でばあちゃんが迎えて聞いた。

「どう?」
「おたふく風邪だって」

ぼくはそのへんてこな名前に興味を持った。

「オタフクって福笑いのオタフク?」
「まぁそうだけど、普通の風邪とはちがうのよ」
「ふうん」

なんとなく妹の顔がオタフクに見えなくもないが、
もともと真ん丸い顔だし、病気の影響がどれだけなのか、ぼくにはよくわからなかった。
でも、ふうふうと熱に浮かされている様子は苦しそうで可哀想だった。

それから二日後、妹は見事に快復した。
あんなにしんどそうだったのが嘘のように、いつもの短いワンピースで走り回っている。
一方、ぼくは熱が出た。伝染ったらしい。

大人たちはしばらく様子を見ていたようだが、おぼろげな意識の中で
布団のそばにいるばあちゃんとお母ちゃんの話を聞いていると、
熱は下がるどころかじわじわ上がっているようだった。
夜半にもかかわらず、お母ちゃんはぼくを抱いて大木医院の玄関の呼び鈴を押した。

ぼくはそのまま一晩中看護されたようだった。
明くる朝、少し正気を取り戻したぼくにお母ちゃんが声をかけた。

「目が覚めたか、よかったよかった、もう大丈夫よ」

取り囲むみんなの表情から察するに、そうとう重篤だったようだ。
片方の耳には、中耳炎になった子がするヘッドホンの片割れみたいなのが宛がわれていた。
何がおこったのかはわからないけど、妹のことを恨めしく思う気持ちがこみ上げてきた。

夕方、お母ちゃんが迎えに来てくれて、やっと病院を後にすることができた。
家までもどると、店先でばあちゃんが迎えて聞いた。

「どうや?」
「もう大丈夫だけど、ひとつ間違ったら大事になるところだったよ」
「そうか、でもよかったよかった」
「ばい菌が耳にまで行って、もうちょっとで脳みそまで行くところだったみたい」
「そうかそうか、もうちょっとでパーになってたか、そうかそうか」

パーにはなりたくないと思った。
でも今、自分がパーじゃないって、どうして言えるんだろうとも考えた。
考えたけど、よくわからない。よくわからないのはパーだからかもしれない。
でもまぁ、それならそれでしようがない。
みんなとまたハナを垂れながら遊べればそれでいい。

あしたは遊べるかな?あさってなら多分大丈夫かな?
しいちゃんとまっちゃんもかわりばんこに様子を見に来てくれた。
こういうのも悪くない。ここは大人しくじっと寝てよう。

そしてその数日後、酔っ払って帰ってきたお父ちゃんは妹を風呂に入れようと
抱っこしたまま階段を降りようとして足を踏み外した。
今度は妹の眉毛にキズができた。


P1020053.JPG
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コメント 4

くっきもんちゃん

耳にヘッドホンみたいなの、ありましたねー。
大事に至らなくて良かったです。
by くっきもんちゃん (2009-10-17 19:44) 

porcorosso

porcoも小学校2年生の折に、耳鼻科によく通いました。
あのほんのり甘いシューシューに毎週行ってましたよ♪
でもおたふくはなったことなかったなあ。かなり大ごとだったんでしょうか?
by porcorosso (2009-10-18 04:57) 

がぁこ

おたふくってオトナになると重症化しちゃうみたいだから
子供のうちにかかっておいた方がいいってわざわざおたふくの子に
移してもらったって人がいたなぁ~(笑)
by がぁこ (2009-10-18 20:47) 

sasasa

自分は、まだおたふくになってないから、
気をつけなくてはというのをふと思い出しました(^_^;)
by sasasa (2009-10-18 23:18) 

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