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宝永町248番地 第64話 [Wessay]

運動会

小学校に登校するとき、ぼくは宝永町商店街を通らない。
一本南側の、商店街よりさらに細い道を通る。
それから先もドブ川沿いの道を選んでいくのがお気に入りの通学路だ。

裏通りの角には金物屋さんらしきものがある。
鍋や薬缶を売っているわけではなくて、作っている。
何を作っているのかはぼくにはわからなかったけど、金属の板らしきものを、
トンテンカン、トンテンカンと叩いている音が平屋の建物の中から聞こえてくる。

その家の前には犬小屋があって、一匹の白いスピッツが繋がれていた。
毎日のように会っているのに、ぼくの顔を覚えるつもりはないようで、
行きも帰りも必ず、その犬はとってもやかましい挨拶をしてくる。
その声はまるでサイレンのように耳煩わしかった。
周りの音がうるさいから、ヨシムラのおばちゃんみたいに声が大きいのかなぁとも想像していた。

ある日、学校に行って朝礼が終わると、オカザキ先生に呼ばれた。
「今日の放課後、帰らないでちょっと残ってて」
一瞬どきりとしたが、最近学校でイタズラした覚えはないのでひとり安心した。

下校の挨拶が終わってしばらくしてから、先生に連れられて教室を出た。
廊下を歩きながら、もう一度ぼくはよく考えてみたけど、やっぱり心当たりはない。

職員室に入るのははじめてだった。
先生の机のところまで行くと、隣の組の先生と女の子が立って待っていた。
ぼくを迎えるなり、その男の先生が口を開いた。

「これからふたりに手伝ってほしいことがあるんだよ」

その後をオカザキ先生が引き取った。

「声を録音させてほしいの」
「声?」
「運動会で使うの」

それからぼくたち四人は放送室に移動した。
隣の組の子とぼくはマイクが置かれている机に並んで座らされた。
机の上にはひとりに一枚ずつ紙があり、何やら台詞がいくつか書いてあった。

「先生が合図したらマイクに向かって大きな声で読んでね」
「まずは一番から、用意はいい?」
「はい」
「はーい」

その女の子はお友だちじゃなかったし、話をしたこともなかったけど、
放送室の異様な雰囲気に飲み込まれて、ぼくは人見知りすることを忘れていた。

「じゃあ、どうぞ!」
「あっ、夕焼けだ」
「ほんとだ、真っ赤だね!」
「あの夕焼けに向かって走ろう!」
「うん!」

何回かやり直しもしたけど、録音は思ったよりも呆気なく終わった。
先生たちはこれから編集をしなくてはならないということだったので、
ぼくたち生徒ふたりは開放されたが、途端にはずかしさがこみ上げてきた。

「じゃ、さよなら」
「うん、さよなら」

ランドセルを手にぶら提げたまま、放送室から下駄箱のある玄関まで、一目散に走った。
急いでズックを履いて、外に出たところでぼくはやっと一息ついた。
校舎に沿って西門まで歩いたが、人影がなくて何だかいつもと景色が違う。

それから、いつものドブ川沿いの帰り道をとことこ歩いているうちに
気持ちのうねりもしずかになっていった。
ところが、金物屋の角に来るやいなや、サイレン犬にギャンギャン吠えられて、
それも台無しになり、ぼくはがっくりしてしまった。

でもふと、斜め前の家の軒下に四角いものがぶら下がっているのを見つけた。
そこは芋ケンピ屋さんだった。
金物屋と違って、こっちは玄関先に小さな木の陳列棚があり、商品を売っている。
家の奥からはかすかに製造用機械のうなるような音が、ゴウンゴウンと聞こえてくる。

果たしてその四角い代物は鳥駕籠だった。
中には一羽の黒い鳥が、みかん色のくちばしをこちらに向けて止まり木にいた。
テレビで見たことがある。
九官鳥だ。

ちょっと顔をかしげて黒い目をパチクリパチクリさせている。
目の下のあざやかな黄色い線は日本の鳥ではないことの印のように見えた。
ところが、ぼくが鳥駕籠に顔を近づけようとした瞬間、

「ワン、ワンッ」

吠えたのは、スピッツではなく、九官鳥だった。
度肝を抜かれて、今度はぼくが目をパチクリさせてしまった。


そして運動会当日、ぼくはスピーカーから聞こえる自分の声を合図に運動場の真ん中に駆け出したのだった。


運動会.JPG
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コメント 3

くっきもんちゃん

九官鳥って、昔すごく飼いたかったなあ。
思い出しました。

金物屋さん、何をトンテンカンテンやってたのでしょう?
もしかして、機関車を作っていたのかも!?
おお!想像がたくましくなっていくっ!!
すばらしい文章、ありがとうございます。
by くっきもんちゃん (2009-10-10 22:37) 

がぁこ

放送室とか懐かしいなぁ~~
マイクの前の緊張感、伝わってきました(笑)
昨日は運動会やった学校も多かったみたいですね~(^-^*)
by がぁこ (2009-10-12 17:44) 

Nyandam

うちの近所にいたうるさい犬もスピッツだった気がします。
九官鳥、犬の鳴き真似をしたんですね。そりゃ驚いたでしょう。(笑)
夕焼けに向かって走ろう! ・・時代を物語る台詞 ^^ 
by Nyandam (2009-10-15 12:27) 

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