宝永町248番地 第63話 [Wessay]
悪事師(わりことし)
宝永町商店街にはおもちゃ屋さんがない。
隣町の菜園場商店街は宝永町よりも、店の数と種類で一段上という気がする。
おもちゃ屋さんもあったし、本屋さんもニ軒ある。
そのおもちゃ屋さんで最近目にとまったものがある。
いや、もうすでに完全に心を奪われていた。
ミニカーだ。
車のおもちゃは特にめずらしくはないし、ぼくもいくつか持っている。
ミニカーはその名のとおり、他の車のおもちゃよりも小さいくらいだ。
でも手にしてみると、他のとは格別だ。
まず、見た目が違う。
子どもの手のひらに乗るくらいの小ささなのに、きっちり縮小されていて外観が本物そっくりだ。
ライトやハンドルなど、細かい部分も手を抜かずに作りこまれている。
それから、プラスチック製のとは重さが違う。
ずっしりとしていて、ぎゅっと詰まったような重さだ。
もうひとつ、何と言っても惹きつけられてしまうところがある。
ドアが開くのだ。小さなドアを開けたり閉めたりしているだけで楽しいし飽きない。
もちろんタイヤも回転する。しかもとてもなめらかに。
だけど、ちょっと値段が高かった。
相変わらず貯金がないぼくは、相当お小遣いをためないと買えない。
またしても、何かがぼくを支配しようとしていた。
何日か続けておもちゃ屋さんに通った。
通うほどに欲しくてたまらなくなった。
たまらないと感じた瞬間、ぼくはまた制御不能になってしまっていた。
味をしめていたわけではない。
甘納豆くじを買占めてからは一度も手を出していないから。
でもやっぱり思いつく方法はこれしかなかった。
ぼくはお店の勘定箱からお金をちょろまかした。
でも前回のようにお札をとることはせず、小銭を何枚か適当にとった。
それではまだ買えないので、翌日また数枚とった。
三回分のお金を持って菜園場商店街に走った。
「このミニカーちょーだい」
そのままぼくは商店街の近くの横堀公園に向かった。
この公園はふみちゃんが通う小学校の近くにあって、とても大きくて遊具も多い。
子どももたくさんいる。でもぼくの通う小学校のお友だちはいない。
公園の真ん中にはコンクリートの築山が聳えていて、その山頂目指して、ロープで登ったり、
急斜面に埋められた小さな石を手がかり足がかりにして登ったりできるようになっている。
ぼくは買ったばかりのミニカーと残りの小銭をズボンのポケットの中でヂャラヂャラさせながら、
すべり降りるための斜面を逆に一気に駆け上がった。
砂で少しすべって、最後は四つんばいになったけど、無事に山頂に辿りつくことができた。
ぼくは頂上に座っておもむろにポケットからミニカーを出し、空に掲げてじっくり見直した。
白いスポーツカーは青空に浮かぶ雲のようでまぶしかった。
罪の意識など容易く消し去ってしまうくらい、あまりにもそれは無垢だった。
その後も制御不能状態が続いてしまった。
一台では満足できず、ニ台、三台と手に入れた。
手に入れるため、更に悪事に手を染めた。
でも抜け目のないぼくは、一度にたくさんちょろまかすことはしなかった。
ミニカーで遊ぶときは少し遠いけど、横堀公園まで行ってひとりで楽しんだ。
ふみちゃんやマサヒロに見せびらかすこともしなかった。
ナオシにちらっとだけ見せたときに大騒ぎされたので、それからやめることにしたのだ。
そのくらい慎重になるほど、子どものぼくには大金に値するということがわかってきた。
もう取り返しがつかないこともわかってきた。
もし、お金を返しなさいと言われても、それはできないのだ。
だからぼくはもうお金をとるのをやめることにした。
ひとりで遊ぶことにつまらなさを感じはじめていたのもひとつの理由だったと思う。
更にミニカーで遊ぶことそのものにも飽きてしまえば良かった。
ある日、ぼくはミニカーをニ台持って遊びに行った。
お気に入りの白いスポーツカーともう一台はパトカーだった。
公園を囲む低い塀の上を道路に見立ててぐるりと一周したり、滑り台のスロープを滑降させて散々遊んだ。
少々塗装が剥げてきたけど、それはしようがない。
家に帰ってきたぼくは、いつものようにミニカーをおもちゃ箱代わりにしている、
中が空洞になっている円筒形の椅子に大事にしまおうとした。
その時、スポーツカーのドアが少し曲がっていることに気がついた。
ガタがきたのだろう、ドアは閉まらないことはないが、開けるとカクッと斜めに傾いてしまう。
部屋の真ん中で眺めているわけにはいかないので、ぼくは二段ベッドの上の段に登った。
じっくりとドアのヒンジ部分を見てみたけど、壊れている部分がどこかはわからなかった。
もちろん、お父ちゃんやじいちゃんに直してとお願いすることもできない。
途方に暮れつつも、横になっていたせいか、眠くなってしまったぼくはウトウトしはじめた。
夢うつつの境地からふと我に帰ると目の前にお父ちゃんの顔があった。
二段ベッドの上の床の高さは、ちょうど大人の目の高さなのだった。
夢だったらいいのにと思ったけど、スポーツカーのドアはやっぱり傾いていた。
そのミニカーもお父ちゃんの目の前にあった。
「どうした、それ」
「買ってきた」
「お金はどうした」
「お小遣いで買った」
「そんな高いの買えるわけないだろ」
当然のことだけど、買える理由は思いつかなかった。
「そうか、道理で最近・・・」
「・・・」
全部バレてしまった。
ぼくはベッドから引き摺り下ろされ、柱のところに立たされたぼくの脳天にゲンコツが一発落ちてきた。
スポーツカーは取り上げられ、
「お巡りさんのところに連れて行くかどうかはお母ちゃんと相談する」
と言い残してお父ちゃんはいなくなった。
そしてぼくは残ったニ台をおもちゃ箱の底のほうにこっそり埋めた。
宝永町商店街にはおもちゃ屋さんがない。
隣町の菜園場商店街は宝永町よりも、店の数と種類で一段上という気がする。
おもちゃ屋さんもあったし、本屋さんもニ軒ある。
そのおもちゃ屋さんで最近目にとまったものがある。
いや、もうすでに完全に心を奪われていた。
ミニカーだ。
車のおもちゃは特にめずらしくはないし、ぼくもいくつか持っている。
ミニカーはその名のとおり、他の車のおもちゃよりも小さいくらいだ。
でも手にしてみると、他のとは格別だ。
まず、見た目が違う。
子どもの手のひらに乗るくらいの小ささなのに、きっちり縮小されていて外観が本物そっくりだ。
ライトやハンドルなど、細かい部分も手を抜かずに作りこまれている。
それから、プラスチック製のとは重さが違う。
ずっしりとしていて、ぎゅっと詰まったような重さだ。
もうひとつ、何と言っても惹きつけられてしまうところがある。
ドアが開くのだ。小さなドアを開けたり閉めたりしているだけで楽しいし飽きない。
もちろんタイヤも回転する。しかもとてもなめらかに。
だけど、ちょっと値段が高かった。
相変わらず貯金がないぼくは、相当お小遣いをためないと買えない。
またしても、何かがぼくを支配しようとしていた。
何日か続けておもちゃ屋さんに通った。
通うほどに欲しくてたまらなくなった。
たまらないと感じた瞬間、ぼくはまた制御不能になってしまっていた。
味をしめていたわけではない。
甘納豆くじを買占めてからは一度も手を出していないから。
でもやっぱり思いつく方法はこれしかなかった。
ぼくはお店の勘定箱からお金をちょろまかした。
でも前回のようにお札をとることはせず、小銭を何枚か適当にとった。
それではまだ買えないので、翌日また数枚とった。
三回分のお金を持って菜園場商店街に走った。
「このミニカーちょーだい」
そのままぼくは商店街の近くの横堀公園に向かった。
この公園はふみちゃんが通う小学校の近くにあって、とても大きくて遊具も多い。
子どももたくさんいる。でもぼくの通う小学校のお友だちはいない。
公園の真ん中にはコンクリートの築山が聳えていて、その山頂目指して、ロープで登ったり、
急斜面に埋められた小さな石を手がかり足がかりにして登ったりできるようになっている。
ぼくは買ったばかりのミニカーと残りの小銭をズボンのポケットの中でヂャラヂャラさせながら、
すべり降りるための斜面を逆に一気に駆け上がった。
砂で少しすべって、最後は四つんばいになったけど、無事に山頂に辿りつくことができた。
ぼくは頂上に座っておもむろにポケットからミニカーを出し、空に掲げてじっくり見直した。
白いスポーツカーは青空に浮かぶ雲のようでまぶしかった。
罪の意識など容易く消し去ってしまうくらい、あまりにもそれは無垢だった。
その後も制御不能状態が続いてしまった。
一台では満足できず、ニ台、三台と手に入れた。
手に入れるため、更に悪事に手を染めた。
でも抜け目のないぼくは、一度にたくさんちょろまかすことはしなかった。
ミニカーで遊ぶときは少し遠いけど、横堀公園まで行ってひとりで楽しんだ。
ふみちゃんやマサヒロに見せびらかすこともしなかった。
ナオシにちらっとだけ見せたときに大騒ぎされたので、それからやめることにしたのだ。
そのくらい慎重になるほど、子どものぼくには大金に値するということがわかってきた。
もう取り返しがつかないこともわかってきた。
もし、お金を返しなさいと言われても、それはできないのだ。
だからぼくはもうお金をとるのをやめることにした。
ひとりで遊ぶことにつまらなさを感じはじめていたのもひとつの理由だったと思う。
更にミニカーで遊ぶことそのものにも飽きてしまえば良かった。
ある日、ぼくはミニカーをニ台持って遊びに行った。
お気に入りの白いスポーツカーともう一台はパトカーだった。
公園を囲む低い塀の上を道路に見立ててぐるりと一周したり、滑り台のスロープを滑降させて散々遊んだ。
少々塗装が剥げてきたけど、それはしようがない。
家に帰ってきたぼくは、いつものようにミニカーをおもちゃ箱代わりにしている、
中が空洞になっている円筒形の椅子に大事にしまおうとした。
その時、スポーツカーのドアが少し曲がっていることに気がついた。
ガタがきたのだろう、ドアは閉まらないことはないが、開けるとカクッと斜めに傾いてしまう。
部屋の真ん中で眺めているわけにはいかないので、ぼくは二段ベッドの上の段に登った。
じっくりとドアのヒンジ部分を見てみたけど、壊れている部分がどこかはわからなかった。
もちろん、お父ちゃんやじいちゃんに直してとお願いすることもできない。
途方に暮れつつも、横になっていたせいか、眠くなってしまったぼくはウトウトしはじめた。
夢うつつの境地からふと我に帰ると目の前にお父ちゃんの顔があった。
二段ベッドの上の床の高さは、ちょうど大人の目の高さなのだった。
夢だったらいいのにと思ったけど、スポーツカーのドアはやっぱり傾いていた。
そのミニカーもお父ちゃんの目の前にあった。
「どうした、それ」
「買ってきた」
「お金はどうした」
「お小遣いで買った」
「そんな高いの買えるわけないだろ」
当然のことだけど、買える理由は思いつかなかった。
「そうか、道理で最近・・・」
「・・・」
全部バレてしまった。
ぼくはベッドから引き摺り下ろされ、柱のところに立たされたぼくの脳天にゲンコツが一発落ちてきた。
スポーツカーは取り上げられ、
「お巡りさんのところに連れて行くかどうかはお母ちゃんと相談する」
と言い残してお父ちゃんはいなくなった。
そしてぼくは残ったニ台をおもちゃ箱の底のほうにこっそり埋めた。
2009-10-03 12:00
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コメント(2)
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ミニカー、子供の頃は憧れでした(^_^)
でも、悪い事をして手にいれたもので、
遊んでも、楽しくはないですよね。
by sasasa (2009-10-04 02:01)
ミニカーは子供にはかなり高価でしたね。^^;
子供の頃はほしくてたまらないけど手に入らないものがいっぱいありました。
昔の親は容易におもちゃとか買ってくれませんでしたので、気持ち、すっごくわかります。
今になってオヤジ買いとかしているのは反動なんでしょうね。
by Nyandam (2009-10-07 10:48)