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宝永町248番地 第62話 [Wessay]

曼珠沙華

倉庫の壁に一本の網が立てかけてあるのを見つけた。
ぼくの持っている虫捕り網とは全然様子が違う。
木でできた柄は太く長く、網の枠も木でできていた。

それに、持ってみるととっても重たい。
枠の大きさは1メートルくらいありそうだけど、図体のわりに網の目は細かい。
小さなバッタには逃げられそうだけどセミなら大丈夫そうだ。
虫捕り網でないことはわかったが、何用なのかはちょっと想像できなかった。

しかし何であれ、相当に役に立ちそうであり、心強い道具だと直感した。
そう思った瞬間にぼくはそれをぼくのものにすることにした。
少なくとも使わせてもらうことに決めた。
だから、じいちゃんにもお父ちゃんにも「これ何?」などと質問しなかった。

次の日の午後、さっそくマサヒロとふみちゃんを誘って、魚獲りにでかけることにした。

「ふみちゃーん、用意できたー?」

例の網とバケツを持って玄関から声をかけると、間もなくふたりは現れた。

「うわっ、それどうしたの?」
「買ったの?」
「家にあった」
「へー、でかいねー」

何となく予想していた反応に、ぼくの鼻は少し高くなった。

「みんなにも貸してあげるからね」
「うん、貸してね」

店の前を通るとき、勘定場に座って新聞を読んでいたじいちゃんがメガネをずらしてぼくたちを見た。
網を肩に担いだぼくと目が合うと、一瞬「ふうん」という顔をして、メガネを直した。
ちょっと往なされたような気がしたけど、咎められなかったことに安心した。

ぼくたちは一列縦隊で意気も揚々と行進した。

いつものように一文橋を渡るとき、たくさんのトンボに出くわした。
シオカラトンボにムギワラトンボ。アカトンボもそろそろ山から降りてきたようだ。
川と土手の上の空は赤、青、黄の小さな十字形で彩られていた。

でもぼくは寄り道せずに田んぼへ向かうようにふたりを誘導した。
先頭のマサヒロはしばらく横を向いて歩いていたけど。

二期作の田んぼの稲はまだ穂が出てなくて、鮮やかな翠色(みどりいろ)をしている。
畦という畦には真っ赤な曼珠沙華が燃え立つように連なり重なりして咲いていた。
白黒の世界に迷い込んでしまったような気がするほど、そのふたつの色は強烈だった。

そういえば、この前、ばあちゃんと土手を散歩したとき、この花のことをたずねた。

「ねぇ、どうしてこの花は葉っぱがないの?」
「葉っぱは花が散ってからでてくるから心配いらん」
「どうして一緒にでないの?」
「仲が悪いのかねぇ」
「ふうん」

ぽかんとしているのも束の間、ここに来た目的を思い出したぼくは、新兵器を持って用水路へ近づいた。
水に入れてみると網の幅は水路の幅と同じくらいあった。
これだと正に一網打尽になる。

「こりゃすごい」

ひと掬いして畦道の上で網をひっくり返すと、果たして大漁だった。
小鮒やメダカ、小エビにミズスマシ。辺りは何種類もの獲物で散らかった。

「うわぁ、いっぱい獲れたねぇ」
「はようバケツに水入れて」
「うん、ちょっと待って」

マサヒロが汲んできたバケツに片っ端から獲物を放り込んだ。
それから交代で何回か掬うと、バケツの中は生き物でごった返しになってしまった。

「もっとでかいバケツを持ってきたらよかったね」
「あたしのこのちっちゃいのは要らんね」
「うん、でももう一回掬うからね」

ぼくは用水路の脇に立ち、ここだと狙いをつけた水草に向かって網を突っ込んだ。
横に移動しながら網を動かすと、忽ち泥が湧き上がって水の中は全く見えなくなった。
それでも速度を落とさずにそのまま数歩進んでから網をぐいっと持ち上げた。

その瞬間、何か手応えを感じた。石でも一緒に掬ったのかと思うほど重かった。

「おりゃー」

網をまた水の中に落っことさないように、腰を落として両腕に力を込めた。
泥だらけの網はやっとこさ畦に上げることができたが傷んでしまったかもしれなかった。

「何か太いのがいる」
「どれどれ」
「ほらほら」

網の中で何か黒っぽいのがのたくっていた。まさかウナギじゃないよな。
細長い体をしているがウナギじゃなかった。
一瞬、ヘビかとも思ったが、そんなには長くなかったし、むしろ寸胴だった。
それにヒレがあったから、魚であることは間違いなかった。
よく見るとそいつの体はこげ茶色をしていて、全体に飴色の模様があった。

「何これ、ドジョウ?」
「ナマズ?」
「うーん、ドジョウはこんなに太くないし、ひげがないからナマズでもないよねぇ」

ぼくたちには未知の生き物だったと同時に、どうしても持って帰らなくてはならない大物だった。

やむなく大きいバケツの獲物はふみちゃんの小さいバケツに入るだけにして他は全部逃がした。
大きいバケツにはそいつだけを入れたけど、それでも窮屈そうだった。
漁もこれで終わりにするしかなかった。

濡れた網も水と獲物の入ったバケツの重さも何のその、帰り道のぼくたちの足取りは軽かった。
商店街の中を通るときは、むしろ自慢げに高々と網を掲げて歩いた。
ふみちゃんもマサヒロもまだ興奮がさめていない様子でぼくの後をついてきた。

店の前に到着した頃、ちょうど夕焼けがはじまって、西の空に茜色がさしていた。
神社の境内ではいくつものコウモリの黒い影が不規則に飛び交っている。

そして早速、じいちゃんに獲物を見せてその名前を教えてもらったけど、誰も聞いたことがなかった。

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コメント 3

SilverMac

ご訪問アリガトウございます。宝永町、一文橋が出てくるのを見ると、高知の方ですか。今はありませんが、わが家は宝永町1番地、鏡川大橋東側、水上警察署跡の西側でした。水上警察署跡にある石碑には祖父の名前も刻まれています。
by SilverMac (2009-09-26 16:24) 

くっきもんちゃん

雷魚だったんですか?
ちょっと不気味ですが、子供には大物を取った喜びのが
大きいんでしょうね。
曼珠沙華、不思議な花ですよね。
ちょっと怖い感じもする花です。
by くっきもんちゃん (2009-09-26 22:32) 

Nyandam

すごい体験ですね。
雷魚はその後どうしたのでしょうか?
by Nyandam (2009-09-29 14:01) 

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