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宝永町248番地 第71話 [Wessay]

肉桂と穴

ぼくは滅多に放課後に小学校の校庭で遊ばない。
いつもの遊び友だちのふみちゃんやマサヒロたちが別の小学校に通っているからでもある。
帰りに森のおじちゃんちに遊びに行ったり、フラフラと宛もなく寄り道するのが好きだからでもある。

でもタケシや同じ組の友だちとビー玉をするときは別だ。
校庭の隅にある鉄棒と植え込みの間の平らで地面の固い場所を競技場に選んでいる。
ほんとはビー玉を学校に持ってきてはいけないので、目立たない場所にしないとだめなのだ。
もちろん、ビー玉を賭けてやっているなんてことも内緒だ。

ぼくたちは「天地」という遊び方しか知らなかった。
お茶碗くらいの大きさの穴をサイコロの五の目のように五つ掘って遊ぶ。
順番に穴を辿って、一番先に一周したひとがオニになる。

オニになると他の人のビー玉に自分の玉を当てる。当てられた瞬間にその玉はオニの戦利品となる。
だから鬼ごっこやかくれんぼと違って、皆オニになることを目指す。
オニになれずにいると自分のビー玉はじわじわと減っていくだけだから。

オニになると自分のビー玉を選手交代させた。
とられてもいいやつからお気に入りの強い玉に変えるのだ。
大抵それは”スイギン”と呼ばれる、手に入りにくくて無色透明に近い、きれいなビー玉だった。

タケシがオニになった。
「よっしゃあ、オレがオニじゃあ、スイギンにするぞ」
「ええよ、はやくやれ」
「ほんなら、いくぞ」
「ガチーン」
ぼくの玉は当てられた。でもタケシの玉も勢いあまって植え込みの中まで転がった。
「アウトだ、アウト」
「ありゃあ、まいったぁ」

予め決めておいた範囲から外に出ると罰則となり、どこかの穴に入って一回休みとなる。
タケシがアウトになったからぼくのはとられなかった。
それどころか、次の番にぼくもオニになって、とうとうタケシのはまっている穴まで辿りついた。

「よっしゃあ、芋堀りじゃあ、覚悟せーよ」
芋堀りとは同じ穴の中にある相手の玉を穴の外に弾き出すことだ。
「カチーン」
うまくタケシの玉を穴から弾き出し、自分の玉は穴の中にとどまった。
「スイギンもらったー」
「くそー、やられたー」

ビー玉にあきるとぼくたちは西門の脇にある一本の木に集まった。
誰が言ったのかはわからないけど、この木は「ニッケイ」という木なのだそうだ。
ニッケイはいい香りのするめずらしい木らしいので、言いふらしてはいけないことになっていた。

その木に集まって何をするかというと、穴を掘るのだった。
これも誰が言ったのかわからないけど、ニッケイは根っこに値打ちがあるというのだ。
しかも先っちょの方のストローくらいの太さの根に限るらしい。

根を傷つけてはいけないので、最初は竹の切れ端や棒を使うけど、あとは手だ。
だからぼくたちは根っこが伸びてそうな場所を少し掘ってみて、
太い根があればそのままその周りを掘り下げていく。

そんなに深くは掘らないけど、手首まで入るくらいまでいく頃にはすっかり夕方だ。
だけど誰も帰らずにそれぞれの場所で堀り続けている。
だんだん根が細くなる方へと、途中で千切れないように手繰っていって、ようやく薄茶色のストローに辿りつく。

ブチッと折って土を払い落とした。
それからその根を鼻の近くに持っていって、なぞるように匂いをかいでみたけど、
全然いい香りなんかしなかった。
湿った赤土と枯れ葉がまざったような、雑巾がけしたての木の廊下のような臭いがするだけだった。

「なんだこれ、くさいよ」
「それがニッケイのにおいじゃないの」
「えー、そうかなぁ」
「そうだよ、たぶん」

誰も結論を出すことはできなかったけど、がっかりしていない子はいなかった。
その木は肉桂でもなんでもなかったのだ。

次の日、誰かが走っていて穴に足をとられて転んでしまった。
そしてすぐに”穴堀り禁止”が学校中に言い渡された。


P1020386.JPG
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コメント 2

くっきもんちゃん

ビー玉遊びはしたことないので、ルールが分からないです。
でも、楽しそう。
昔のルールって、取ったり取られたりが多かった気がします。
今は、そんなことしたら親が出て来て怒りそうです(怖っ)

ニッケイの穴、だれも埋めなかったってことなのかしら?
危ないなー。怪我が無くて、良かったです。
by くっきもんちゃん (2009-12-06 22:46) 

Nyandam

ビー玉懐かしいですね。
肉桂はシナモン(洋)とかニッキ(和)が該当するのでしょうか。
by Nyandam (2009-12-16 14:30) 

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