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宝永町248番地 第58話 [Wessay]

夏休み最後の日

ふと気が付くと、クマゼミの声が聞こえなくなり、ツクツクボウシの声がヤケに大きく耳につく。
その日を迎えるたびに、ぼくはどうしてもさみしい気持ちになる。
もうすぐ秋がはじまるよと風がいうのだ。つまり夏休みが終わるということがさみしいのだ。

大事な大事な夏休み。
宿題はまだ全部やってないと思うけど、そんな事よりも何かやり残したことがあるようで仕方がない。
ぼくは俄然そわそわしてきた。さて、何をしようか。

やっぱり虫捕りか魚獲りしかない。
ぼくは虫捕りに行くことに決めた。昆虫の標本を作ったら、宿題のひとつになるかもしれない。
すでにセミやチョウやカミキリ虫など、いくつか材料は集まっている。
あとは主役となる、カブト虫かクワガタをつかまえれば標本箱が完成するような気がした。

さて、どこに行こうか。
川向こうの製材所に行けばいるかもしれない。今年も大鋸屑の中から幼虫は何匹かみつけた。
でも成虫は一匹もつかまえられなかった。
そうなると、あのとっておきの場所に行くしかない。

ふみちゃんたちにも内緒の場所だ。
川を渡り、田んぼを越えた先にある、比島の交通公園に行く途中にある小さな里山。
山というよりも少し盛り上がった丘をおおう杜なのかもしれないが、ぼくにはわからない。

歩いて行くにはかなり遠い。
でも放浪癖のあるぼくは後先を考えず、自転車では行かないことにした。
親たちにも何も言わないで行くことにした。だめだと止められるに決まっている。

使い古して土色になった虫捕り網と、真ん中からパカッとふたつに割れる緑色の虫かごと、
”かがく”の付録の昆虫採集用の注射器と薬品を持って、ぼくはでかけた。
往きはまさに揚々だが、なかなか辿り着かない。用水路の水門では当然しばらく道草を食う。
あぜ道でバッタに出くわすと、それが獲物ではないのについ追いかけてしまう。

そんなこんなで、里山の入り口に着くには相当に長い時間がかかったが、疲れは全くなかった。
お楽しみはこれからなのだ。

なだらかな砂利道を登りはじめると、すぐにお出迎えが現れた。
赤と青に輝く大好きな虫、ハンミョウだ。
ぼくの歩く数歩先の地面の上にいる。でもぼくの背丈くらいの距離まで近づくと、ふわりと飛び立つ。
逃げていくかと思うと、また数歩先に背を向けて着地し、じっとしている。

からかわれているようでもあるし、道案内をしてくれているようにも思える。
網を持っているから捕まえようと思えば捕まえられるけど、色鮮やかな姿を見ているだけでも楽しいから、
しばらくからかわれることにして、ハンミョウと一緒に先に進んだ。

目的の場所はもうそう遠くない。山道から少し森の中に分け入ったところだ。
どこから入るかの目印となるものは、ぼくだけが知っている。
そんなに危ない場所ではない。崖にもなっていないし、藪を掻き分ける必要もない。

まもなく目印を発見し、雑木林の中に入っていった。
そこの、ある一本の木はいつも樹液がいく筋か幹をつたって流れているのだ。
それに虫たちが集まってくる。今日も必ずいるはずだ。

ぼくはそろりそろりと近づいた。
木のこちら側は逆光になっていて、樹液が垂れている場所はぼくの背よりも高い位置なので、
よく見えなかった。
ある程度近寄ってから、木を中心にして円を描くようにカニ歩きをした。
すると、まずはカナブンの緑色の背中がキラリと光るのが見えた。

「いるいる。」

ぼくは心の中でニンマリしながら、虫捕り網を持ち直した。
さらに移動して幹全体が木漏れ日の中に現れたとき、怪しく動くものを見とめた。
それは木の上の方から樹液に向かって斜めにざわざわと近寄ろうとしていた。

毒キノコのように赤黒い背中。
数え切れないほどたくさんある真っ黒い足。
幹を一周してしまうほどの長い胴体。
この世のものとは思えないほど特大のオオムカデだった。

ぼくは、ぎゃあと叫んだ。声に出たかどうかもわからないが、とにかく仰天した。
まるで衝撃波に体を打たれたように木から飛びのいた。

そしてそのまま一目散に走って帰った、家に着くまでの記憶が全く何も残ってない夏休み最後の日。

Tree.JPG
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コメント 3

くっきもんちゃん

想像して、こちらまで怖くなりました。
描写が上手すぎますっ!
by くっきもんちゃん (2009-08-29 12:28) 

がぁこ

ハンミョウってまだ実物を見たことがないんですよねぇ~(>.<)
ムカデはさすがに怖いかなぁ~( ̄∇ ̄;) ハッハッハッ
by がぁこ (2009-08-29 18:41) 

Nyandam

学研の「かがく」、よく買ってもらいました。^^
そんな大きなムカデっているんですか。それは怖い!
by Nyandam (2009-09-02 12:20) 

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