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宝永町248番地 第59話 [Wessay]

サルビアの花

夏休みが終わって、二学期がはじまった。
ふみちゃんは学校が違うし、ナオシは学年が違うので、久しぶりに会う顔ばかりだ。
今年は台風もきたけど、暑い夏だったからか、みんなよく日焼けしている。
始業式が終わって教室に帰る途中、タケシがふざけてシャツを脱いで、上半身はだかで
廊下を走りだしたが、少し遠ざかる背中はまるでランニングを着ているように見えた。

教室に戻って宿題を出したら、あとは先生に挨拶をして帰るだけだった。
ぼくの組の担任はオカザキ先生という女のひとだ。
お母ちゃんよりちょっと年上みたいだ。
それはさておいてもお母ちゃんとは随分雰囲気が違う。

体つきがぽっちゃりしているので、まず見た目が正反対だ。
その上、丸顔で髪の毛のパーマもくるくると巻いている。怖いと思ったこともない。
ぼくの家族の女のひとたちとは別の温(ぬく)い感じがして好きだった。

昼前に小学校から帰ってきたぼくは特に何もすることがなかった。
ふみちゃんちに行ってみたけど、まだ帰っていなかった。
オカザキ先生は病院の裏のアパートに住んでいる。
何の用事もないけど、あまりに近所なので、気まぐれで足が向いてしまった。
先生のやさしさにつけ込んで、構ってほしいからだというのはうっすらと自覚していた。

「せんせーい!いるー?!」

部屋の呼び鈴を押してみたけど返事がなかった。まだ学校から帰っていないらしい。
「ぼくたちの宿題の点検をしているのかなぁ。」
ぼんやりと先生のお仕事のようすを想像してみた。
「ぼくの工作の宿題を見て、どう思っているだろう。」
「”夏のこども”は多分間違いだらけだろうな。」

最近、学校の花壇にも咲いている赤い花の、ほんのり甘い蜜を吸うのを覚えたぼくは、
アパートの入口に植えてある朝顔のしおしおになった花を「どんな味がするんだろう」と見つめた。
大きい分、蜜もたくさんあるのかなとか、青い花は苦いのかもしれないなどと、
コンクリートの段に座ってあれこれ考えていたら、先生が帰ってきてしまった。

「どうしたの?何かあったの?」

丸い顔がちょっと驚いた表情になりつつも、腰をかがめながらぼくにやさしく問いかけてきた。
ぼくは、何にも用事がないのだから何とも答えようがなく、ただもじもじしていた。

「先生、これからお買い物に行きたいんだけど。」

さっさと用件を言いなさいと促されているのがわかったし、一緒に行きたいとも言えないので、
「なんでもない。ちょっと先生に会いに来ただけ。」
と本当のことを伝えた。

「そう、じゃ今日は残念だけど、また遊びにおいで。」
「うん。さようなら。」

ぼくは約束をとりつけたことに満足して、駆け出した。

「さようなら。またあした。」

先生の声に背中を押されたからじゃないと思うけど、何故かスキップしていた。

そして、「寿司よし」の看板が見えたとき、学校の違うヒロシの姿を暖簾の中にみつけた。
ということは、ふみちゃんも帰ってきてるかもしれない。
ぼくはもう一度走り出した。


Salvia.JPG
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Yuki

こんばんわ。
ご訪問をありがとうございます。^^
by Yuki (2009-09-10 20:24) 

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